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先週日曜の夜、ぼくは自室にて、Gくんと二人でDVDを見ていた。
DVDのタイトルはマイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」。世界公演を目前に控えて突然死したマイケル・ジャクソンのドキュメンタリー映画だ。
日曜であったが休日というわけではなく、二人とも一日仕事をした後のことで、少し疲れていた。お酒を飲みながらDVDを見ていたのだが、見始めて一時間もしないうちに、どちらともなく舟を漕ぎ始め、ついに二人して眠ってしまった。
先に目を覚ましたのはGくんである。確かなことは分からないが、たぶん深夜の二時から三時にかけてのことだっただろう。あとで聞いたのだが、Gくんが目を覚ました時、ぼくは座イスにもたれかかって寝ていたそうで、テーブルの上には缶ビールが飲みかけてあり、DVDはすでに本編を終了してタイトルメニューになっていたらしい。それで、辺りに落ちていたゴミだけ拾って片付け、自分の部屋に戻って寝なおしたという。
ぼくが起きたのは朝の五時だった。先生の奥さんに「・・さとし、さとし」と名前を呼ばれて、目を覚ました。いつもなら七時半に目覚ましをかけているので、先生の奥さんがぼくを起こすということはない。というよりか、ぼくとGくんは先生家族の暮らす母屋とは別の“離れ”に暮らしているので、先生の奥さんがぼくたちを起こしにやってくることはない。
ところが、その日の早朝、ぼくは何故か奥さんに起こされたのだった。
起こされて、目をこすりながら「どうしたんですか?」と辺りを見回すと、どうも様子がおかしい。見慣れぬ壁。見慣れぬ天井。どこだろう、ここは・・。ぼくが寝ていたその部屋は、ぼくの部屋ではなかったのだ。
ぼくは同じ離れにある空き部屋で寝ていた。
その空き部屋は、ぼくの部屋と廊下で繋がれているが、滅多に使用しない部屋で、どうしてそこで寝ているのか、さっぱり分からない。布団もなく、ぼくは床の上に倒れるようにして寝ていた。空き部屋に入った記憶も、廊下を歩いた記憶もない。
先生の奥さんが「大丈夫?」と声をかけてくれたので、「大丈夫です」と答えた。「ぼく、なんでここに寝てるんですかね?」と聞いてみると、奥さんも「わからない」と言い、困った顔をした。
その空き部屋は、普段、ちょっとした物置に使う程度で、誰も入ることはない。掃除もしていないので、床には虫の死骸やほこりが落ちている。電気がつかず、暗くて気味が悪い。そんなところに、ぼくは寝ていた。
先生の奥さんがぼくを起こしに来てくれたのは、先生に言われたからだそうだ。早朝、先生がたまたま外からこの離れを見た時に、普段は使用していない廊下の電気がついていて、その奇妙さになんだか胸騒ぎがして、奥さんに見に行くよう言ったのだという。その電気もどうやら自分がつけたらしかったが、全く記憶にない。
自室に戻ると、部屋の電気も、飲みかけの酒も、DVDをつけたパソコンもそのままであった。奥さんに「何があったの」と聞かれて、ぼく自身、事態が飲み込めず、何が起こったのかさっぱり分からなかった。
当初、酒に酔ったのだろう、と思っていた。これまでにも酩酊して、記憶を失くしたことは何度もある。ただ、酒にしてはおかしいのは、ぼくはその夜、あまり酒を飲んでいなかったことだ。それよりも疲れが先行し、DVDを見ながら、すぐに寝てしまったという感じだった。それは、目覚めた時に二日酔いをしていなかったことからも分かる。第一、酒に酔ったところで空き部屋に行く理由が見当たらない。それに、すでに寝入っていた自分をGくんが確認しているのだ。わざわざ起きて移動するとも思えない。
そんなわけで、おかしいおかしいと思いながらも、本当にまったく、その晩(明け方?)の記憶がない。これは何かの怪現象だろうか、もしや幽霊の仕業か!?などと考えたりもしたが、翌日、先生に話を伺うと、どうやらこれ、夢遊病らしい。
夢遊病というと、漫画などで何度かそんなシーンを見たことはあるが、実際に見たことはない。意識のないまま街を徘徊するというアレ。内容は分かっているつもりなのだけど、そんな話が本当にあるのか疑問であった。意識がないまま歩く、なんていうことが本当にあるのだろうか?あるのなら面白そうだから見てみたいぐらいに思っていたが、まさか自分がなるとは思わなかった。
夢遊病の原因は、主に寝不足とストレスだという。夏に入って気温が上がり、夜が寝苦しい上に、持病のアトピーが悪化して肌がかゆく、最近は上手く眠れなかった。それに付随して、最近は何を書いても面白くなく、ストレスが溜まっていた。スランプというような状態ではないが、頭が空になってしまっているような感覚だ。おそらく寝不足が関係しているのだろう。それでも、「もう三十路に近いし、早く作家として身を立てねば」という普段からの焦りもあって、睡眠時間を削ってやっていたから、ますますの睡眠不足とアトピーの悪化という結果を呼び込み、悪循環に陥っていたようである。アルバイト先でも「眠そうな顔をしている」とか「ぼーっとしている」と言われることが増えていた。
それで、近頃は意識して睡眠時間を増やしている。あれ以来、夢遊病は発症していないが、また、いつ起こるか分からないから気味が悪い。今回は、同じ離れの中にある空き部屋だったからいいようなものの、もしもひょっと外に出ていたら交通事故なんてことも有り得るし、季節が季節であるならば、部屋の中といえ凍死するかもしれない。
ちなみに、もし夢遊病者を見かけても、無理に起こしたり、引っ張ったりしてはいけないそうだ。危害を受けることがあって、過去にはそれで殺人事件も起こっているらしい。よほどのことがない限り、放っておくのが望ましいという。夢遊病は、やる方も気持ち悪いが、見ている方はもっと気持ち悪いだろう。まるで生けるゾンビのようだ。
というわけで、それ以来、酒を一滴も飲まず、現在、禁酒生活を実行中。