新しい記事を書く事で広告が消せます。
北海道での学生時代、所属していた吹奏楽団にS先輩という人がいた。
ある日、このS先輩が部室にやってくるなり、不機嫌そうにしている。不機嫌そうにクラリネットを組み立て、不機嫌そうに楽譜をめくり、不機嫌そうに突っ立って、そして、何もせずクラリネットを手にしたまま俯いているのである。
次の瞬間。
ガアァァァン、という音と共に、S先輩はその狭い部室の壁を思いっきり殴りつけた。壁には穴があいた。そして沈黙。周りにいた数名の部員は何事かと思い、S先輩の様子をチラチラと窺うのだが、S先輩は依然として不機嫌そうに俯いている。結局、その時は何もなかったかのように時間が過ぎた。
S先輩の不機嫌の理由が明らかになったのは、後日だった。
部活後の雑談の時に、S先輩の友人であるA先輩が「この前、Sが暗かっただろ?あれはさ…」と話し始めたのだ。
S先輩とA先輩は獣医学科所属の学生だったのだが、その日、大学で実習授業があったらしい。それは何の実習かというと、動物の手術実習で、二人は犬の手術を行ったのだという。
「へえ、獣医学科は手術とかするんですか?」
「実習であるんだよ」
「何するんですか?」
「犬の腹をメスで切って開くんだよ」
「え?学生が手術するんですか?」
「いや、腹を開くだけなんだけどさ」
「?」
「病気の犬ってわけじゃないんだよ。元気なんだけどさ、実習だから健康な犬の腹を切らなきゃいけないんだ」
A先輩は言った。
「それでSは…」
S先輩は、獣医を目指す自分と、獣医になるために健康な犬を腹を切らなきゃいけない自分自身の自己矛盾を抱え、その葛藤があったのだという。
なるほど、それで自分もあの日のS先輩の態度が腑に落ちたのだが、その時に初めて獣医学科にそんな実習があることを知り、ぞっとする思いもあった。
健康な犬に麻酔をかけ腹を切る、というのはどんな思いなのだろう。まして、獣医学科というのは1つでも多くの動物の命を救いたいという思いで入学してくる学生が多いだろうに、皆その実習を受けて単位を取らなければいけない。もちろん開腹後は縫って閉じるわけだから犬も元気なのだが、もしかしたら、その手術によって寿命が縮む動物もあるのかもしれないし、誤って死なせてしまうことだってあるのかもしれない。
「Sは真面目だからな、悩むんだよ」
とA先輩は言った。A先輩自身は、S先輩が抱えるような葛藤もあまりなかったらしい。「授業だからなあ。仕方ないよ」と、どこか超然としているようであった。
もっとも、あの日、S先輩が壁を殴ったのは初めてのことではなかったらしく、壁にはいくつも穴が開いていた。
「これ、全部S先輩がやったの?」
と同級生に聞くと、「そうだよ、よく殴ってるよ」という。
その時、壁に空いたいくつもの穴を見つめながら、S先輩はここで一体いくつの葛藤を抱え、いくつの葛藤を乗り越えてきたのだろうということを思った。また、そこまでして獣医になりたいと思わせるものはなんだろうか、とも思った。
S先輩は苦労の人で、たしか3浪して獣医学科に入った。僕が出会ったその時、すでに25歳だったかと記憶しているのだが、当時18か19だった自分には、S先輩は同じ学生とは思えぬ大人びた雰囲気を持っており、しばらくは25歳という年齢が自分の中での一つの中間目標にもなっていたのだが、いざ25歳を迎えた時に、自分もあの時のS先輩のように大人っぽくなれただろうかと当時のことを振り返ってみたのだが、いかんせん自分はいつまで経っても子供っぽい。
S先輩は今、何をしているのだろう。どこかの町の動物病院に勤められているのだろうか。開業しているだろうか。それとも、何か別の仕事をしているのだろうか。まだ、何か葛藤を抱える日々があるのかどうか。その後、連絡を取ることもないし、まったく音沙汰はないのだが、時々気になる。
部活内で飲み会があると、同じ埼玉出身の誼もあり、善くしてもらった。面倒見のいい人で、ふざけて飲み明けては、そのままアパートに泊めてもらったこともあった。コカ・コーラ商品のコレクターで、部屋には多数のコレクション、年代別コカ・コーラの空き缶や空き瓶、カレンダーやバッヂのようなコカ・コーラグッズが所狭しと並んでおり、それが強く印象に残っている。
先日、宮崎県えびの市にあるコカ・コーラ工場の見学に行ってきて、工場内のミュージアムを見て回っていたら、またそのS先輩のことを思い出したので、これを書いている。