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20110626

旅の本能

【カテゴリ:日常】

「世界の車窓から」というテレビ番組が好きだった。
中学生のころ、クラスの担任教師にその話をすると、担任教師は身を乗り出して「うっそー!?」とまず驚いてから、「俺も好きなんだよ」と頷いた。
周りの同級生がゴールデンタイムにやっているバラエティー番組や音楽番組の話で盛り上がる中、教師とこんな風にひっそりとテレビ番組の趣味が合うということが、なんだか心強くあり、恥ずかしくもあり、とにかく嬉しかった自分は、だからこんな些細なことを今でもよく覚えているのだろう。「世界の車窓から」という番組の世界観に、子供ながらどことなく強い憧れを抱いていた。いつかは自分もこのような旅をしてみたいと思ったし、たぶんそれは今でも変わらない。列車という乗り物がまた、なんだか無性に旅情を誘う。
この番組、夜中、ぼーっとテレビを見ていると、狙っていたわけではないのに、いつの間にか始まっている。聞き馴染みのある挿入曲に、どこか外国の汽車がゆっくりおおらかに(汽笛なんぞ鳴らしながら)カーブを曲がっていく画。テレビに流れる車窓からの風景は、眼前まで忍びよる山河だったり、シンとした針葉樹林の森だったり、民族衣装を着てプラットホームに立つ異国の親子だったりと、見ていて飽きることがない。気づけば、このカメラを通しての姿ない旅行者を半ば羨望のまなざしで見つめている。最近はテレビ自体をあまり見なくなったけど、今でも放送しているのかしらん。

旅や旅行(自分は未だに旅と旅行の違いがよく分からない)に出る動機は、人それぞれだろう。欲しいものがあるからそこへ行くという人がいれば、見てみたいものがあるから出掛けるという人もいる。何の目的もないが、とにかく出掛けてみたいから、道中を楽しみたいから、という人もいる。自分もこれまでに忘れるくらい沢山の旅行をしてきたが、その目的はいつもまちまちだった。
遠足や修学旅行のような集団での旅行では、目的などなかったように思う。なかったというよりは、持てなかったと言うべきだろう。ただ作られたルートの上をバスに乗ったり降りたりしながらグズグズ歩くばかりで、自由行動といっても決められた範囲内の行動に限られていた。今考えれば、修学旅行の自由なんて、そんな両手をひろげたらいっぱいいっぱいになってしまうような窮屈なものでしかなかった。
それでも自分が初めて旅に出たのは、中学2年の頃だった。(旅とは、もしかしたらルールのない旅行のことをいうのかもしれない)
夏休みに、友人と二人で千葉の館山まで行った。埼玉の熊谷駅から鈍行と特急を乗り継いでの日帰りである。二人は初めから「千葉の館山へ行こう」という話をしていたのではなく、「海へ行こう」という話をしていた。海へ行くために列車を乗り継いで、とにかくも南へ向かえば海へ出るはずだ、そんな安易な考えで東京へ向かう早朝の電車に飛び乗ったのであった。
資金は、その頃貯めていた貯金箱をひっくり返して集めた。無論、親に話せば、行くあてのない旅行に反対するに決まっているのだから内緒である。近場で一日遊んでいると嘘をついたのだったように思う。今考えれば、随分と無茶したものだ。帰りなどは、特急料金を払ったら手持ちの金が数百円になり、ヒヤリとしたような記憶がある。もしかしたら足らなくなって、友人に借りたのだったかもしれない。
高校に入ってからは、進学先の北海道の高校から長期休みの度に埼玉の実家に帰省せねばならなかった。住んでいた寮が休みの間、閉鎖になるからだったが、この時も青春18きっぷなどを使って、鈍行列車で2日かけて実家に帰るといったようなことをしていた。北海道のローカル線は連結が悪く、田舎のひなびた駅で次の列車を2時間3時間待たされることはザラにある。けれど、そんなことがやはり好きだったのだろう。その後、2度くらい同じ方法で帰省した。(もしかしたら旅とは、効率を無視した旅行のことなんだろうか)
その後も計画を立てない当てずっぽうな旅を何度も繰り返してきた。

母親が以前「あんたは寅さんに憧れてるんだろう」と言ってきたことがある。「男はつらいよ」の寅さんである。
自分があんまり無軌道な旅を続けているために母親が口にした皮肉であったが、これは当っているとも当たっていないとも言えない。自分は確かに「男がつらいよ」が好きだし、寅さんも好きだ。しかし、と思う。
寅さんはその巧妙な啖呵を武器に、自由奔放な的屋商売を続けながら全国行脚するわけだが、ただ全国をフラフラしているわけではない。その行った先行った先で恋をし、そして必ず失恋している。そんな寅さんの姿に哀愁を超えた憧れを抱く視聴者は多いと思うが、これはきっと寅さんに限ったことではないだろう。率直に言わせてもらえば、男とはそういう生き物なのだと自分は思っている。寅さんはその代表者に過ぎない。寅さんに憧れている人は、きっと寅さんそのものに憧れているのではなく、寅さんの男臭さに堪らなく憧れているのだ。男は本能的に、自分で稼ぎ、旅をして、何度も懲りずに異性を求めるように仕組みが出来ている。
だから「俺は寅さんに憧れているんじゃなくて、ただ旅が好きなだけなんだけど」と母親に言ったのだが、あまり理解されなかったようだ。女性は元来追われる立場だから、“なにか”を追う者にとっての旅には興味が向きにくいのかもしれない。

そういえば「世界の車窓から」でも、自分があの映像に憧れるのは理性的なものでなく、腹の底から疼くような、なにか本能的な欲求からであった。男とは、いつでも旅に出たい生き物なのだろう。クラスの担任教師も、おそらくそうだったはずだ。

夕暮れの線路

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