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今年一年、様々な本を読んだ。
小説に限らず、実用書も雑誌も漫画もそうなのだけど、これまでで一番本を読んだ年だったと思うし、来年はさらに多くの本を読みたい。
別に誰に聞かれたわけでもないのだけど、今年最も印象に残った本を1冊挙げるとしたら、司馬遼太郎さんの『ペルシャの幻術師』を挙げる。
表題作「ペルシャの幻術師」という作品は、司馬さんのデビュー作となった小説だ。
この作品は幻のデビュー作と言われていた時期があって、文庫化されたのが2001年。
何故、それまでこの作品が文庫化されていなかったのかは知らないが、司馬さんは生前、「梟の城」で直木賞を受賞するまでの作品を「作家として書いたとはおもいたくなかった」と語っていたというから、もしくはご本人が出版を控えていらしたのかもしれない。
昭和31年、この作品が第8回講談倶楽部賞という文学賞を受賞して、司馬さんは作家デビューした。
当時、大阪の産経新聞社で記者として働く傍らでの受賞で、この時司馬さん32歳。
「ペルシャの幻術師」。肝心な作品の内容はというと、時は西暦1253年、舞台はペルシャ高原のひがし、プシュト山脈をのぞむ高原の町メナム。
町を征服しにやってきた大蒙古帝国「元」の王ボルトルは、そこでシルクロードを旅するキャラバン長老の美しき娘ナンに心奪われる。
その頃、主人公である幻術師アッサムは、一人の老人からボルトルの暗殺を依頼されていた。
ボルトルとアッサム、二人の争いはやがてナンを巻き込んだ不可思議な戦いへと発展していく。
『ペルシャの幻術師』は短編集だけど、この作品をはじめ、文庫に収められた8つの短編、どれもが素晴らしい。
この8篇が織りなす世界観にぼくは圧倒されてしまった。
しかし、今年一番の印象に残ったわけはそれだけではない。
実はその8篇の話というのが、ぼくが現在宮崎で学んでいる内容そのものだったからだ。これは驚いた。その内容は、すべて密教、雑密とその伝来に関連した伝奇小説だったのである。
ペルシャとは現在のイランだが、13世紀のころにはシルクロードを通って、ヨーロッパと中国は盛んに行き来があったという。
シルクロード自体の歴史はあまりに深く、詳しいことは分かっていないが、遺跡などの発掘から紀元前からあっただろうことが指摘されている。
西遊記で有名な玄奘三蔵が中国から天竺を旅したのもシルクロードだったと言われているし、千夜一夜物語のシンドバッドのモチーフとなったのもシルクロードを旅するイスラム商人ということになっている。
そして実は、ヨーロッパからシルクロードを伝わってやってくる行商の旅の終着点というのは中国・長安ではなく、日本であったと言われている。
ここから、マルコ・ポーロの「東方見聞録」でいう黄金の国ジパングといった伝説も生まれてくるわけだけど(マルコ・ポーロはジパングの話を人から聞いて書いたと言われており、実際に行ったわけではないらしい)つまりこれはどういうことかというと、太古から日本には西域の外国人が少なからずやってきていた、ということになる。
そしてシルクロードを伝わってやってくるキャラバンは、同時に日本へ西国の宗教を持ち込んだであろう。
例えば、日本にキリスト教が伝わったのは、16世紀、フランシスコ・ザビエルによってだと言われているが、それ以前に古代キリスト教が伝わっていたのではないかと思われる物証が、日本にはいくつかある。
兵庫県赤穂市に大避神社という社があり、これが古代日本のダビデ礼拝堂であったと幾つかの根拠をもとに司馬さんは「兜率天の巡礼」で書いている。
そして、ペルシャの幻術もまた、そのようにして日本へ入ってきたであろうし、それが日本にも根付いただろう。それを思わせる人たちがいる。
忍者である。
司馬さんはどうもこの忍者という職業の人たちが好きだったようで、忍者が登場する小説を多く書いているけど、『ペルシャの幻術師』にも忍者の話が3篇入っている。
ご存じのように忍者は、忍術を使う。
火遁の術や水遁の術など、この忍術のルーツというのが、元をたどっていくと、どうも中国から伝わってきた幻術ではないか、と司馬さんは暗に指摘している。そして中国へ幻術を持ち込んだのは、さらに西国の人たちだったらしいことも。
小説では触れられていないことだが、この幻術をヨーロッパでは魔法という。魔法と忍術とはおそらく同意であろう。
アジアを中心にして西に行ったものが魔法となり、東に行ったものが幻術、呪術、そして忍術になっていったのではないだろうか。
例えば魔法使いは魔法陣を描くが、この魔法陣とは、仏教でいうところの曼荼羅であろう。
世界は意外なところで密接なつながりを見せる。
以上の話は想像にすぎないが、司馬さんはおそらくこれらのことを真剣に研究なされていたのだろう。その情熱がこの本から伝わってくる。
司馬さんは「空海の風景」という本のあとがきに、「私は、雑密の世界がすきであった」と書いているのだが、司馬さんほどでなくとも、ぼくも雑密の世界が好きだ。
興味をもたれたら、ぜひ読んで頂きたい。