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20121210

源学番外編  空海の妙味

【カテゴリ:日常】

弘法大師空海の著作に「十住心論」というものがある。
これはタイトル通り、十の世界に住む人間の心を論じた書なのだが、先日、この書の凄さに気づかされた。以下、wikipediaから抜粋。


『十住心論』(じゅうじゅうしんろん)
正確には『秘密曼陀羅十住心論』は、空海の代表的著述のひとつで、830年ころ、淳和天皇の勅にこたえて真言密教の体系を述べた書(天長六本宗書の一)。10巻。
人間の心を10段階に分け、それぞれに当時の代表的な思想を配置することによって体系を築いている。真言密教こそが人間の心の到達できる最高の境地であるとしている。
1. 異生羝羊心 - 煩悩にまみれた心
2. 愚童持斎心 - 道徳の目覚め・儒教的境地
3. 嬰童無畏心 - 超俗志向・インド哲学、老荘思想の境地
4. 唯蘊無我心 - 小乗仏教のうち声聞の境地
5. 抜業因種心 - 小乗仏教のうち縁覚の境地
6. 他縁大乗心 - 大乗仏教のうち唯識・法相宗の境地
7. 覚心不生心 - 大乗仏教のうち中観・三論宗の境地
8. 一道無為心 - 大乗仏教のうち天台宗の境地
9. 極無自性心 - 大乗仏教のうち華厳宗の境地
10. 秘密荘厳心 - 真言密教の境地


これは空海が独自に論じた真言密教の思想体系なのだが、簡単に言えば、人の精神的(肉体的)成長の段階図のようなものだ。
で、以下にアメリカの著名な心理学者であるマズローの「自己実現理論」を挙げる。こちらもwikipediaより抜粋。


『自己実現理論』(じこじつげんりろん)
アメリカ合衆国の心理学者・アブラハム・マズローが、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものである。又、これは、「マズローの欲求段階説」とも称される。
マズローは、人間の基本的欲求を低次から
1. 生理的欲求(physiological need)
2. 安全の欲求(safety need)
3. 所属と愛の欲求(social need/love and belonging)
4. 承認の欲求(esteem)
5. 自己実現の欲求(self actualization)の5段階に分類した。このことから「階層説」とも呼ばれる。また、「生理的欲求」から「承認の欲求」までの4階層に動機付けられた欲求を「欠乏欲求」(deficiency needs)とする。生理的欲求を除き、これらの欲求が満たされないとき、人は不安や緊張を感じる。「自己実現の欲求」に動機付けられた欲求を「成長欲求」としている。


この二つの理論、よく見比べてみると似ていないだろうか。例えば、互いのはじめを「煩悩にまみれた心」「生理的欲求」と言葉は違うが、要するに「動物的段階」として設定し、その内容はニアリーイコールと言っていいような類似性がある。そして共に、ピラミッド型の段階を経て頂点へと向かう。
かたや9世紀の書物。かたや20世紀の書物である。
十住心論は当時の宗教観を参照しているので宗教色が強く、心理学的な照らし合わせはしづらいが、それでも言わんとしていることが、マズローのそれと重複、あるいは凌駕している気がする。外国諸国から「日本史上でもっとも偉大な人物は空海」という声が多いのもうなづける。やはり空海は、特別の大天才である。
話を飛ばすが、十住心論で面白いのは「10. 秘密荘厳心 - 真言密教の境地」だろう。これは何かと言うと、解説では「大日如来との合一」だと説かれている。真言密教の中でもっとも崇高な位置にあるのが大日如来であり、その境地とは、大日如来との合一に他ならない。これは「即身成仏」という言葉でも表せられる。大日如来とは密教でいうところの「宇宙的なもの」すなわち「宇宙」であるから、空海は十住心論の最終目標に「即身成仏」つまり「宇宙との合一」を置いていたということになる。
誰が、9世紀の日本で「宇宙との合一」を考えただろうか?人々が刀と弓でワーワー言いながら戦っていたような時代で、宇宙との合一を考えた人間が空海の他にいただろうか。
ところで、この「宇宙との合一」とは何のことだろう。そもそも宇宙とは何なのだろう?なぜ、宇宙を大日如来という仏にしたのか。宇宙の人格化の必要性はなんだったのか?
おそらく、密教は「人は宇宙になれる」と思ったから宇宙を大日如来という人格神として捉えたのだろう。これは、「人間の可能性は無限である」ということの示唆に思えるが、その根拠は何だったのだろうか?
十住心論がすごいのは、これがただ単に思想的なイデオロギーで収まっていないことだ。繰り返すが、心理学をも凌駕する勢いを持って、合理的な理論として1000年以上も前に完成を見ている。
十住心論を宗教的な枠組みから外して解釈し直したい。空海は、人間が宇宙との合一を果たす方法論をきっと見ていたのだろう。どうやったら、人は宇宙になれるのか。どうやったら、人は真理にたどり着けるのか。その理論を組み立てた。これはすさまじいことだ。
世界史の中でも、これほどの天才がいるだろうか。例えば、宇宙の相対性を発見したアインシュタインの相対性理論をも、この中では飲み込んでしまっているかのようだ。宇宙との合一は、宇宙の発見(相対性理論)の先を見据えているからだ。実に恐ろしい理論だと思う。
実際に空海は、遣唐使として渡った中国で、あらゆる宗教のエッセンスを汲み取りながら、密教を日本へ持ち帰り、それ以外に治水工事などの実践的な技術をも日本へ招来している。単純に思想だけではなく、方法をも学び、抜けのない理論を構築した。
謎が多く、不可思議で、しかし説得力のある、密教の魅力というのは、どうもこのあたりにヒントがあるらしい。

空海(お遍路中)


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