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20110417

阿呆の栄養

【カテゴリ:阿呆】

小学3年生の頃だったと思うが、冷蔵庫の中に何か食べ物はないかと探っていた時、あるものが目に入り、その瞬間、自分の頭脳に電撃が走った。
「こ・・これはっ!!」
高沢里詞、齢9つ。思えばこの時、自分はすでに紛れもない阿呆だった。

そのあるものとは、リポビタンD。扉側の収納ボックスに2,3本立てて置かれてあったのだ。しかし、それだけでは別に驚きはしない。自分の頭脳に電撃を走らせたのは、そのリポビタンDの横にヤクルトが並べてあったからである。
隣り合わせに置かれたリポビタンDとヤクルトを見て、高沢少年は思った。
「こ、これ、もしかして・・混ぜたら、すっげえ栄養ドリンクが出来るんじゃないの!?」
その時の高沢少年の頭脳の中身はこうである。

リポビタンD→健康
ヤクルト→健康
リポビタンD+ヤクルト→もっと健康

かつて、誰も思いつかなかったような栄養ドリンクを自分が誕生させる。
早くも高沢少年の頭脳には、新聞の見出しに「小学3年生が快挙!」といった名誉と、その販売に伴う大きな儲け、そんなことがエンドレスで延々と流れているのだった。

思い立ったが吉日。早速、その栄養ドリンク製作に取りかかった。まず、ヤクルトの銀紙のふたを半分ほどめくり、中身を半分飲む。うまい。
そして、おもむろにリポビタンDの封を切り、これをヤクルトの器に注ぐ。
これで、ヤクルトとリポビタンDが5:5の栄養ドリンクの完成である。銀紙をもう一度、かぶせ直して、いかにも最初からこんな商品がありましたという風に冷蔵庫にしまっておく。高沢少年の口からは笑みがこぼれる。

「まさか世の中の大人は、ここにこんな凄い栄養ドリンクがあるなんて思っていないだろうなあ」

嗚呼、哀れなるかな高沢少年。名誉欲と金欲におぼれた小学3年生。
そうしてしばらくは自分の作った栄養ドリンクを冷蔵庫にしまって、数分おきに開けては見、開けては見していたが、少年はそこではたと思った。
「待てよ・・。これもっといろいろ混ぜたら、さらにすごいことになるんじゃないか?」
そう思い直し、冷蔵庫の天板を見上げると、そこには親父が常用していたスッポンエキスの小瓶がある。
わっちゃあ、なんかよく分からんけどこれメチャクチャ健康そうじゃんか!と喜び勇んだ少年は、もう一度、冷蔵庫から先ほどのヤクルトの器を取り出し、銀紙をめくって、そこにスッポンエキスの粉を付属の小さじで1杯入れた。1杯じゃ足りないと思い、続けざまに2杯目を投入。割り箸を持ってきて、それでグルグルと液体をかき回す。こんな画期的な栄養ドリンクがあっていいものだろうか。スッポンエキスの小瓶を元あった場所に戻すと、今度はその隣にあった、これも親父が常用していた胃腸薬を2,3粒投入。

少年の思いは飛躍しやすい。

高沢少年は、風邪シロップにも手を伸ばした。当時の自分には、健康な人間が薬を服用すると逆に害になるという知識がなかったので、薬=健康、の概念で手当たりしだいの薬を混入していく。
ついに完成した栄養ドリンクは、風邪も胃腸もなんのその!体の不調をすべて改善し、活力をみなぎらせる世界最高の飲料であった。見た目はデロデロのブクブクだが、こんな素晴らしい飲料がほかにあるだろうか。
高沢少年はその効果を試してみたいと思った。自分で飲んでみようかと思ったが、残念なことに自分は今風邪もひいていないし、胃腸も悪くない。栄養ドリンクを必要としない元気な小学3年生なのである。

「ええと、この栄養ドリンクが一番効く人は・・」

考えた末に浮かんできたのが親父である。というのは、その栄養ドリンクに入れたもののほとんどは親父のものなのだから、これほどの適任者はいないだろう。そこで、これは親父に飲んでもらうことにした。

「お父さん、お父さんがいつも飲んでる薬、あれ何回も飲まなくてもいいよ。一回で全部飲めるようにしといたよ」

そう言おうとして、少年は家の工場で働いているはずの親父を探しに行ったのだが、まあ、幸いなことに親父は留守であった。
栄養ドリンクの効果が最も発揮できる人物の不在に落胆する少年。それを冷蔵庫にしまい直し、親父が帰ってきたら飲んでもらおうと思っていたのだが、夜にはすっかり忘れてしまっていた。
それからしばらく、あの栄養ドリンクは冷蔵庫のポケットに入ったままになっていたのだが、日に日に何か変な油のようなものが浮いてくるのを見て、少年はこれを放置。おかんが片付けたのだろう。気づいたら、いつの間にか無くなっていたのである。

海の中の電柱


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