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20120903

山頭火日記5

【カテゴリ:日常】

高校の頃、寄宿舎に住んでいた。
埼玉から単身、北海道の公立高校へと進学したからだ。何故、北海道の高校へ進学したかといえば、競走馬の勉強がしたかったのである。
折しもナリタブライアン以降の競馬ブームで、寄宿舎には北海道内外から全学年合わせて30名以上の入寮者があった。遠くは沖縄から来ている同級生もいた。みな、半分は馬キチ(競馬気違いの略)のような人で、おそらくどの高校よりも競馬に精通した者たちが集まっていただろう。話は自然と合う。グループや上下関係はあれど、横に一本「競馬」という共通線で結ばれた仲間たちだった。
そんな中にS君という友人がいた。彼は北海道人だったが、通学できる距離ではないため、寄宿舎に入寮していた。真面目で頭のいいやつで、学校のテストでも常にトップクラスだったが、そんなに目立つタイプではない。教師からの評価が高い優等生タイプである。
ある日、ぼくはそのS君と二人で枝豆を作ることにした。なんでそうなったのか今では覚えていないが、おそらく農協で枝豆の種を買ってきたのだと思う。寄宿舎の裏庭に生えていた雑草を引き抜き、そこを耕して種をまいた。
播き始めが少し遅かったのか、本来ならばそろそろ葉をつけ始めていい時期にようやく芽を出す程度。なかなか成長しない。ぼくとS君はそれを窓辺で観察しながら、「ちょっと弱いかなー」なんて話をしていた。
そこで二人、意見を出し合いながら話し合った結果、肥料を入れようということになった。
ぼくは「それじゃあ、農協で肥料を買ってこよう」と提案した。すると、S君は少し思案毛な顔をして言うのである。
「いや、肥料庫から肥料を盗んでこよう」
ぼくは耳を疑った。農業高校だったので、学校の敷地内に肥料庫という施設があった。ぼくとS君の所属する畜産科にはあまり縁のない施設だったが、農業科の連中がよく使っている。中には、トウモロコシや甜菜用の肥料が山積みされているのだけど、S君は、この肥料を盗んでこようというのである。
まさか、この優等生がそんな発言をするとは思っていない。自分は「は?」と聞き返したが、S君の顔は本気である。
「夜にこっそり行こう。あそこはカギがかかってないから、すぐ盗ってこれる」
見つかれば、当然、停学である。しかし、ただの停学ではない。寄宿舎に住んでる僕らには学校とは別の戒律があって、学校は停学でも、寄宿舎は間違いなく退寮させられるのである。
遠方から来ている生徒にとって、退寮処分は退学処分に近い。何故なら、退寮した後に住む場所が見つからないからだ。つまり、退寮になると通学不可能な状況に陥りやすいため、自然、退学せざるを得なくなる。先輩にも同級生にも、実際にその例はたくさんあった。その危険を冒してまで、夜中、寄宿舎を抜け出して肥料を盗みに行こうとS君は言うのである。
ぼくはビビッて断った。そこまでして、肥料を手に入れなくても、農協で買ってくればいいのである。だが、S君は「盗ってこよう」と言い張る。返事を濁すぼくに、結局、S君は「俺は一人でもやる」と言い、話は決裂した。
その後、S君が肥料を盗りに行ったのかどうか、ここのところ記憶がトンと抜けている。

ひとりたがやせばうたふなり 山頭火

夏、枝豆は盛大に実った。
S君と僕はお互いに時間が空いている時は、時々、枝豆の様子を見ていたが、もともと豆類というのは、それほど肥料が必要でなく、放っておいても自生しやすい植物だ。心配せずとも、きっとすくすく育ったことだろう。
ぼうぼうに生えた茎から、S君と二人、一つ一つ枝豆を手でもいで、寄宿舎の食事係で来ていたおばちゃんに茹でてもらい、食べた。
塩を振った枝豆はそれでもどこか味気なく、これはぼくらの新たな課題となった。
この枝豆肥料事件以来、ぼくはS君のことがますます好きになり、今でも連絡を取り合っている。高校を卒業して彼は競馬関係の大企業に就職し、真面目にコツコツと働いている。奥さんをもらい、最近は子供も出来た。今は子供がかわいくてしょうがないらしい。

畑

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