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沖縄を旅している時に、本島の北の方にある国頭という村落を通りかかった。
沖縄本島の中でもあまり観光客の来ない土地で、ヤンバルクイナが生息しているというので、それを目的に訪れる人がチラホラいる程度だった。
日も暮れはじめ、今夜の宿をどうしようかと地元の人に聞いて回っていた。
「それならば、あそこがいいんじゃないか?」
と紹介された宿は、あるおっちゃんが自分の庭に建てたペンションを1泊3000円という格安の値段で貸してくれる宿だった。
中を見せてもらって、気にいったので、すぐにそこと決める。部屋に入り、荷物をおろしてシャワーを浴びてから庭に出ると、おっちゃんが「おーい」と呼んできた。
おっちゃんは両手に缶ビールを持っており、一緒に飲もうという。
おっちゃんは元々、この地元の人ではなく、石垣島の人間だと言っていた。石垣島で生まれ育ち、警察官をやっていたそうだ。退職して後、国頭に移り住んだらしい。
缶ビールで乾杯し、近くの浜辺まで一緒に散歩をした。浜辺に大きなやどかりがいたので、そいつをつかまえて空き缶の中に入れる。周りに広がる、なんとものどかな風景。
夜になり部屋に戻ろうとすると、おっちゃんは「近くの集会所で集まりがあるから、君も来ないか?」と僕を食事に誘った。集会所の集まりと言ったって、初めてその地を訪れる人間が地元の集まりに顔を出していいものかと悩んでいると、おっちゃんは「そんなこと誰も気にしないさ~」と言って、先を切ってずんずんと案内してくれた。
集会所に入ると…40名ほどの人がいただろうか。なんの集まりか分からないが、皆で飲み食いしている。自分のような見知らぬ若い男がその中に入っていく。皆の視線が集まるか、と思ったがそんなこともない。おっちゃんが「この子はうちに泊まりに来てる子で」と説明してくれ、僕の分の席を一つ空けてくれた。
結局そこで夜更けまで飲み食いしたのだけれど、一体それが何の集会だったのか、とうとう最後まで分からなかった。周りの人は、僕の存在を気にしていないというのか、旧知の仲間のように扱ってくれ、とてもフレンドリーだ。誰も気がねした様子はなく、ことさらに酒を勧めるでもなし、無視するでもない。
この集会所で最も記憶に残っているのが、途中に出された肉料理だった。恰幅のいいひげ面の男の人が皿によそって皆に配っていた。僕の前にも、なにやら汁に浸かった肉料理が置かれた。
いただきますと箸を手に取り、一口食べてみると…うまい。
あんまりおいしいので、図々しくもおかわりをする。ひげの男性は機嫌よさそうに僕の分のおかわりをよそってくれた。
何の料理か気になっていると、それに気づいたのか
「これはね…」
とひげの男性が説明してくれた。
「今朝、うちの豚を一頭しめて、ずっと煮込んでいたんだよ」
話によると、この集会のふるまいのために男性は自分の家で飼っていた豚を一頭まるまる解体したのだという。それを朝からずっと煮込み続けていたのだそうだ。
「こいつのおいしい秘訣はね、血を入れるんだ」
豚の屠殺をする場面をジェスチャーしながら言う。
「そうすると、味が濃厚になるのさ」
なるほど、確かに豚肉が浸かっているスープはどことなく赤黒い色をしていて、よく見ると、その中に豚の毛らしきものが数本浮いていた。
豚の血液をベースにしたスープに、脂身のある肉がマッチして、これまで食べたどんな豚肉料理よりもこってりとした、濃厚で、それでいて臭みのない料理が出来上がっていた。毛はさすがに少し気になったが、おかわりは進む。
妙に手ごたえのある食事だった。
この豚肉料理を皆で食べていたら、食、という普段自分の周りにもありふれた物や行為が、とても神聖で新鮮で、残酷で温かく、眼前に迫ってきたのだった。
僕はそれを食べながら、ひげの男性が今朝、豚を解体している場面を思い浮かべた。豚はきっと苦しまずに殺されただろう。ひげの男性はきっと、今日の夜にみんなに御馳走することを考えて、豚に感謝をこめて、この料理がおいしくなるよう煮込み続けていたはずだ。
集会が終わってから、おっちゃんと一緒に来た道を帰る。
まだ飲み足りないから、と言って、そこに何人かの大人が便乗しておっちゃんの家に行き、酒盛りを始めた。ひげの男性も一緒だ。大きな鍋に、先ほどの豚肉料理の余りを入れて持ってきた。もちろん僕もそこに加わる。
泡盛やビール。皆、明るい人たちばかりで、したたかに酔って、酔っぱらうと好き勝手に散り散り解散していく。「じゃ!」なんて言って席を立ったと思ったら闇に消えていく。なんて、なんて自由なんだ、沖縄。
沖縄の旅の記憶には、そんなことがいくつもあり、今でも時々思い出す。僕は沖縄に圧倒されていた。だから、今も時々、沖縄に行きたい虫が騒ぎだす。おっちゃんは元気にしているだろうか。もう少ししたら、沖縄のベストシーズンがやってくる。